昨日、旧政権同様、これまた無駄にあがいていた日本郵政の西川社長が辞意を表明した。
今年の2月と6月に4年前の郵政民営化が単なる郵便貯金と簡易保険を外資(特にアメリカ)に売るためだけだということがバレてしまったというのに、いまだに社長に居座っていた、ある意味、小泉と竹中の傀儡はようやく観念したようである。
詳細については見識家ブロガーの方たちが語ってくれているので、私からは言えるほどの知識がないから、まったく別の方向からこの西川社長の解任劇がどういう意味を持っているのかを検証してみよう。
もちろん独断と偏見ですが何か?
まず、今日、日経新聞はこの西川社長辞任について、実におバカな記事を載せていた。
2月と6月のかんぽの宿の件と郵政民営化がもたらした郵便サービスの質の低下が国民に郵政民営化が何かを明らかに知られてしまったというのに、いまだに郵政民営化が改革の象徴だという主張を一面トップにわざわざ解説まで付けていたものだから思わず笑ってしまった。
しかも内容は官から民のただ一点だけであり、郵政民営化は改革の象徴だから時代に逆行するものだ、としか書いてないものだから、もうちょっと説明しろよと、とか思う。官から民と言っても日本郵政の実態は国が株式を100%保有する国営会社で、筆頭株主は総務大臣に当たる。
小泉、竹中の新自由主義が正しいとするならば、筆頭株主である当時の鳩山邦夫総務大臣を切ることはあり得ないことで、それをやるものだからこの郵政民営化に(少なくとも国が株式100%保有という実態を知っている)国民の誰もが頭を傾げたのではなかろうか。
ついでに言うなら、この場合の官から民とはイコール天下り先の増大である。
予算の配分先を郵政省唯一つだけだったものが四分社すべてにつけて、かつ天下りだから名目を特別予算に変えて無駄に垂れ流していたことは想像に難くない。
これが改革なら小泉改革とは特別会計を膨張させ天下り先を増大しただけに過ぎず、このことの方が大きく日本を後退させた出来事であるとしか言いようがない。
いったい日経新聞は何をもって改革の象徴だと主張しているのだろう。
そもそも小泉のやったことで疲弊したのは国民の財布の中身である。
色々なブロガーの方が指摘しているんだけど、小泉政権誕生以来、日本人の年間平均所得は実に100万も目減りし、しかも健康保険や厚生年金を上げた以上は、本来削ってはならない社会保障費を削ったものだから医療機関が診療費を上げなければならなくなり、医療費負担も増大したのである。
また、新自由主義の名の下に大企業のコストダウンを飛躍的に推進させた結果、非正規労働者の増大を生み出し年収200万以下のワーキングプアを実に労働者の(実態は)2割に迫る現実を生み出したのだ。
日経新聞の今日の記事を書いた人間はこういう世間一般の実態を知らない人間が本で読んだ知識を披露しているとしか思えなかった。
新聞記者なんだからまず、実態をちゃんと見て記事を書くべきだろう。
郵政民営化の正体とは、(見識家ブロガーの)誰もが指摘する通りで株式を外資(=アメリカ)に買わせることにより、国民が預けた350兆を株主(=アメリカ)の意に従って、アメリカの国債を買わせるためだけのものであり、国鉄、農協、電信電話とは全然訳が違う国家財産の叩き売りなのである。
また、小泉が昔、郵政大臣時代に冷遇されたから単なる恨み晴らしでしかないのである。
そして、何よりも重要なことは郵政民営化で煙幕を張って裏で国民の生活を破壊する法案を次々と成立施行させたことにあるのだ。
だからこそ見直しは必要であり、西川の首を切るのも当然なのである。
民営をもう一度国営に戻すことは難しいだろう。
となれば、今はちゃんと日本郵政が経営をやっていける基盤を作るべきであり、国民が安心して財産を預けられるようになる企業に成熟するまでは国が監視すべきだろう。
今日の日経新聞の記事や解説で一番欠けていたのはこの部分だった。
ゆうびん貯金や簡易保険の財産は預けている国民の財産であるという認識をまったく持っていないところに記者の浅はかさが垣間見えた気がしてならない。
しかもその財産の大半は『国が経営しているから』ということで2007年以前から預けてある財産である。
それを勝手に運用することは許されないのではないか。
もし、本当に運用するならまずは国営時代に掛けられていた分をすべて預金者に返した上で、その後、銀行のように貯蓄の営業を進めるべきである。
まず、最初の一歩が今日の日経新聞は間違っていた。
日本郵政にある財産は預けている国民の財産である。それを蔑ろにしている時点で、日本郵政にある財産の持ち主を勘違いしているように見えて仕方がない。
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