実際の成人の日は昨日だったんだけど、もうどれくらい経ったかな? 前は1月15日で、この日は武士の時代に元服した年齢(15歳)にちなんで15日に設定されたそうなのだが、なぜそれが1月だったのかは正直言って知らない。調べればいいんだけど、こういうものは調べたことが関連した内容になるなら、ということだ。今回は別に成人の日の由来を語ろう、ってわけじゃないから調べるのはまた次の機会でいいのだ。調べるか分からんけど。
ところが、しばらく前にハッピーマンデー法ってことで成人の日、敬老の日、体育の日が当該月の第二、第三月曜に移ってしまった。つい最近、制定された海の日もそうだ。
本来、どの日であれ、その日に意味があるから設定されているというのに、現代人の勝手な解釈で移動されるのもなんだかなぁ、とか思う。
はっきり言って、私自身はハッピーマンデー法に関して言えば否定派だ。なんせ作った理由が馬鹿馬鹿しい。
労働時間が週40時間と制定され、基本的に、土日休みの企業が増えてきて、おまけにゆとり教育の一環として学校は完全週休二日なものだから、「できる限り月曜日も休みにするといいんじゃないか? なんせ一番嫌われている曜日が月曜日だから」という本当にくだらない理由で決まったからである。
さて、祭日についてじゃなくて今日は成人の日についてのお話。
私は以前、ブログ記事で
『例えばこんなリメンバーマイライフ』などという意味不明のタイトルでどの年代に一番戻りたいだろう、というテーマを取り上げたことがあったんだけど、結局、どの年代でも、それに見合った幸福があるんだから一概に言えないけど、強いてあげるなら二十歳かな?と言った。
それだけ、二十歳とは子供と大人の境目で、誰しもが感慨深い年齢でもあると思う。
今にして思えば、私は成人式に参加すれば良かった、と感じるんだけど、当時は県外の学校にいたので戻ることもできず、成人式は参加していない。
だから、テレビなんかで、まともな成人式の式典や街頭インタビューを聞いていると、どこか羨ましさを感じてしまって、もう戻ることは絶対にできないんだけど、できるなら二十歳の成人の日に遡行したいと思わないこともない。
んで、案外、街頭インタービューに応える新成人は立派なことを考えているな、と感心する。
心ない人だと、知らないから言えるのさ、なんて蔑むんだけど、私や大多数の人たちは高い理想を掲げることは悪いことじゃない、と称賛を送るのだ。それを現実にできるかどうかは新成人たちの努力次第で、しかも、この時期はエネルギーが溢れている時期でもあるから何でもできる。できないことの方が少ない時代でもある。
思えば私はこの時期を無駄に過ごしたかもしれない。何をするわけでもなすわけでもなく、ただただ漠然と生活していた気がするのだが、それは今になって思うことであり、当時は当時でたぶん、満足した日々を過ごしていたことだろう。
それと実に感心したのは今の新成人たちの大半が大手マスコミの偏向報道に流されていないことだった。
日経新聞が小さく乗せていたところに悪意を感じたんだけど、とある新成人に「政治と金に揺れる国会をどう思う?」なんてお馬鹿なインタビューをしたらしく、ところが、答えは「そんなことはどうでもいいから生活支援策等の議論をしてほしい」と切り返されてしまったのである。
もちろん、言わせたかったことは別なのだろう。だが、新成人にとっては献金問題などどうでもいい証拠であるし、これが大多数の国民の思っていることだ。
はっきり言ってしまえば『いい大人』のはずの編集部が新成人より劣っているということになる。
そんな大人は要らない。
戦中世代、団塊世代の人たちに対して、戦後日本の復興に勤しんでくれた、その感謝の意は忘れない。
しかしその反面、昭和時代はともかく平成時代において、変われなかったのもこの世代だ。
ならば、これからの世代に日本を託してもらえないだろうか。頭ごなしに年下世代を否定することなく隠居して見守ってはくれないだろうか。
高い理想を掲げつつ、厳しい現実から逃げない新成人を含めた二十代を。
昨年、ついに未来のために変革に動き出した団塊Jr世代が中心に三十代を。
20世紀と21世紀の狭間の大事な時を働き手の中心として活動した四十代を。
連合を中心に労働者の自我と権利を後の世代に手繰り寄せてくれた五十代を。
これからの日本を背負うのはこの現役世代たちなのである。
成人の日に、ふとそんなことを思ったりもした。
これが年月が流れ、私自身も現役を引退し、六十代、七十代になった時に同じことを言えることができたら、と考える。
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