今日で2009年も終わり。
今年は文字通り激動の一年で、日本史上初と言っても過言じゃない『選挙による政権交代』が起こったのが、その最たるものだったなぁ。
ただ、今年は開始から大不況に見舞われて、一時はどうなるかと思ったんだけど、年内を乗り切れたことが、もしかしたら一番の収穫なのかもしれない。
はてさて、見識家ブロガーさんたちは、ここで『私が選んだ十大ニュース』ってのをやれるんだろうけど、私は正直言って、十も挙げられないんで、気になったニュースをいくつかだけで勘弁を。(^^;)
まず、何と言っても『政権交代』。
当然ですね。先述しましたけど、戦後の日本史上初と言ってもいい出来事だったわけで、というか、まあ自民党が逃げ回っていたことからも分かる通り、別に今年、突然、交代の機運が高まったわけじゃなくて、おそらくは2007年の参院選あたりから、もう、良識ある多くの国民は政権交代を断行しようと決めていたのかもしれない。2005年に詐欺師の扇動に引っかかった連中はそれでもまだ、2007年時は政権交代を望んでいなかったかもしれないけど、その後の政策、法施行を鑑みて、どうやらちょっとは学習したようである。あの小泉純一郎というライオン頭が稀代の詐欺師であったということに気づいたようだから。本当は2005年時に気付かなきゃいけない話だったんだけどねぇ。もっとも、日本人というものは実際に体験するまでは危機感というものを感じられない生き物で、常に後悔するようになっているみたいですが。おかげで、2005年時で既に小泉が詐欺師であったことを知っていた私や情報を多角的に捉える人たちにはいい迷惑だったんですよね。
んで、『松井秀喜のワールドシリーズMVPとエンジェルス移籍』も見逃せません。
心ないファンはヤンキースの姿勢にケチを付けてますけど、私は全然違っていて、松井が今年のオフ、移籍しなきゃならなくなることは予想できていたし、ヤンキースからすれば4年に契約の内、2年を無駄にされたんだから、逆に、まだ契約してくれようとしていたことに寛大ささえ感じます。そんなヤンキースですから松井は契約最終年の今年、ニューヨークにワールドチャンピオンを置いって行ってくれたんだよ。そう思えばいいじゃないか、などと私は思ったりもします。来年は新天地で是非、新しいチームの中軸を担ってほしいものです。何しろ単年契約、勝負の年。2010年如何によって松井の今後(現役続行or引退)が決定するのですから。
さて、私としましては当然、『中日ドラゴンズの貯金19公式戦2位』も挙げなければ。
というのも、正直言って、今年はBクラスも覚悟しましたから。しかし、稀代の名将・落合博満監督は、エース(川上憲伸)と4番(T.ウッズ)が抜け、クリーンナップの一角(中村紀洋)も移籍したという逆境を跳ね返したのです。誰がどう見たって戦力がガタ落ちしたというのに、それを歯牙にもかけず、左右の両輪(吉見、チェン)を確立させて、小笠原と朝倉の粘りが功を奏し、浅尾、岩瀬の必勝リレーを築き上げただけじゃなく、河原を復活、新4番・ブランコを成長させることにより、見事、去年以上の成績を納めました。これはマジで凄いとしか言いようがない。世間じゃ原監督の評価がリーグ三連覇プラス成長戦略もあって今は高いようだけど、本当に効果が出たのは、実は今年なのだ。なぜかと言えば、2007年は勢いで制したもののCSで無様に敗退。2008年は選手クラッシャー・星野に北京で主力選手のほとんどを取られることがなかったから、大量に選手を派遣させられたドラゴンズとタイガースの主力選手が潰されてしまった間隙をぬっただけで、とても実力なんて言えたもんじゃない。さらに言うなら原監督は松井秀喜が移籍した2003年に醜態を見せていたのだ。つまり、チームを確立させるのに実に5年という月日が必要だったのである。それに比べるなら落合監督は三本の柱が抜けたチームをわずか三ヶ月で去年以上のチームに仕立てたのである。WBCで色々言われたけど、あんなもの単なる親会社のいざこざであって落合監督は無関係なことは主張しておこう。
という上記3つが今年の嬉しいこと。
なんだけど、ただこれは外部要因で、私に今のところ、あんまり恩恵がないというか、喜んでいいことなんだけど実益がないので自己満足の域を出てなくて、しかし、辛いこととなると、まともに私自身に直撃しておりました。
何と言っても昨年10月に端を発した世界大不況。
その荒波をモロに日本中がかぶって、もちろん、私も例外ではなく、まあなんとか勤め先に切られることも勤め先が倒れることもなかったので、それはそれでホッとした出来事で来年は、少しは上向くといいんだけど、大手マスコミの扇動報道に引っかかっているスタッフがまだまだ多い現状を考えると油断はできないなと。つか、予知能力者じゃないんだから、勝手に悪い方へ悪い方へ考えないでほしい。もしかしたら流れが変わるかもしれないじゃないか。特に4月以後は、車検重量税の減額、子供手当の支給が始まるわけで、内需主導でここから日本経済が動き出すんだし。おバカな日経新聞は『限定的』とか言って否定的だったけど、今年の補正予算14兆の方がもっと『限定的』だったんだよな。なんせ得を被ったのは官僚と土建屋のみだったし。それに比べればある程度国民全体に行き渡る恩恵なんだから、どっちが効果があるかは火を見るより明らかなのだ。日経新聞自身が『限定的』に見る癖がついてしまっているようである。
それはさておき、不況の波をモロに被ってしまったということで、ちと給料に影が出てしまったのが本当に辛かった。
もうとにかく我慢の年で、今年ほど外出しなかった年もないだろうなぁ、とか思うくらい外に出なかった。
どれだけ遊びに行きたかったか。でも、そういうわけにはいかなかったし、本当に必要最小限でしか趣味を楽しめなかった。コミックやどうしても譲れないモノは集められたけど、それは今、買っているものが少ないからだし、本当に欲しかった高いものは全部我慢した。
もう、こんな生活は嫌だ、と何度も考えた。
後先考えず金を使おうかと自棄になりかけたこともあった。内方の話なんで深くは言わないけど、そういうことが今年の春に発覚したから。
でも、そんな年がようやく終焉を迎える。
今年の自分を漢字一字で表すなら迷わず『耐』を選びます。本当に今年は耐え忍ぶ1年だったから。
なんとか来年は今の生活から脱却したいと切実に願ってしまう。
もちろん、来年がどんな年になるかは現時点では想像もつかない。
できるなら内外両面でハッピーな年になればなぁ――(遠い目)
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